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駒形根神社 嶽宮
こまがたねじんじゃ たけみや
[宮城旅行] 宮城県栗原市栗駒栗駒山頂  Zenrin Data Com Maps display !!

式内社 陸奥國栗原郡 駒形根神社
旧郷社

御祭神
大日孁尊 天常立尊 國常立尊 吾勝尊 天津彦番迩迩藝尊 神日本磐余彦火火出見尊

宮城・岩手・秋田の3県に跨って聳える栗駒山(1628m)山頂にある。
ちなみに、栗駒山は宮城側から見た名前で、
岩手県では須川岳、秋田県では大日岳と呼ぶらしい。

実は、当日登る予定はなかったのだが、
早朝、小雨の中のドライブ中に、天気が回復してきたので、
とりあえず、42号線を西へ進んでみた。
ウネウネとした車道を登っていくと、
レストハウスや駐車場のある、いわかがみ平登山道入口に到着。
そこから山道を歩いて3Km、約1時間半で山頂へ到着できる。

1時間半程度なら特に苦労も無いだろうと安易な考えから
山道を歩き出した。
夏休みのせいか、他にも登山客が数名登っており、
地図で確認すると、迷うような道でもないし、
特に難所があるわけでもない。
ダラダラと続く坂道は、地元の方ならハイキング感覚で登れる山なのだと思う。
実際に、孫を連れたお年寄りが普段着で登っていたのだ。

が、運動不足の身体には、このダラダラ登りが辛い。
登り初めから山頂が見えているのだが、なかなか近づかない。
汗はダラダラと流れ、喉は渇き、突然の空腹感に襲われた。
水は、準備していたが、1時間半と短い時間なので
食べるものを用意して来なかったのだ。

腹減った、腹減ったと呟きながら登り、何度も何度も休憩して、
後から来る登山客に、ドンドンと抜かれながら、漸く山頂に到着した。

駒形根神社に関しては、
社伝によると、日本武尊東夷征伐のおり、
六柱の神々を、栗駒山山頂大日岳に斎き祀り
東国鎮護の祈請をしたのが当社の起源。

後、桓武天皇の延暦年間、坂上田村麻呂東夷征討の際、
本社に祈請し、平定の後には報賽のため剣を奉納したという。

また、多治比真人・源頼義父子・源頼朝等奥州下向の際にも当社へ祈願。
平泉の奥州藤原氏の崇敬が篤く、社殿の造営したという。

当社は、栗駒山山頂の嶽宮を奥宮とし、
東麓の沼倉に、里宮(あるいは麓ノ宮)を置く構成。

東奥の一の宮とも、日の宮とも称された古社。

山頂の祠を撮影・参拝し、急いで下山。
汗でドロドロになりながら、いわかがみ平の駐車場に到着。
レストハウスで買ったコーラを一気飲みし、
ソフトクリームを食べて、漸く落ち着いた。

今回は辛かった。登山はやっぱり嫌いだ。


登山道、遠くに見える山頂

半分ほど登ったことろだと思う

栗駒山

山頂





勅宣日宮駒形根神社 由緒
日本武尊御東征の折 奥羽鎮護の一ノ宮として祈 願創建 駒形嶽山山頂に奥宮を東麓沼倉一ノ宮の地 に里宮を祀る 延暦二十年坂上田村麿四大門と駒 形根大明神の大額奉献 清和天皇貞観元年神階正 一位 勅使下向勅宣を賜る 奥羽総鎮守 延喜式 神名帳登載 四大宮司三十禰宜六十社家を容し  後 源頼義 義家及び平泉藤原三代崇敬篤く源頼 朝奥羽鎮護を祈願 葛西氏伊達氏崇奉 嘉祥三年 駒形山大昼寺建立 霊山修験の地となる 元文四 年櫻町天皇勅許にて神仏分離 寛保三年御宣命拝 受明治四年郷社に列する 昭和三年奥宮建立 同 六十二年平泉町吉田千秋氏奥宮奉納 勅宣日宮駒 形根神社奉賛會改築施工奉献する

−社殿案内板−



由緒

古来、日宮(ひるみや)・大日社・駒形社と称し、俗にお駒様と親しまれている。社記に『日本武尊御東征の折、大日孁尊(おおひるめのみこと)外五柱の主神に祈願創建』奥羽鎮護の一ノ宮として駒形嶽(栗駒山の古名)を奥宮、沼倉の地に里宮を祀ったと誌(しる)され、大古より日宮と呼称。
日は火に通じ火山を意味し、私達の祖先が山のもつ神秘性と霊威に感動する姿がしのばれ、山岳信仰を母胎に自然崇拝・鎮魂の祭礼が起こり、神社を形成してきた。
大和朝廷の蝦夷平定に伴い社勢隆盛。延暦二十年(八〇一)坂上田村麿奥羽鎮定を祈願。四大門(東は一関三島・西は花山・南は尾松大鳥・北は秋田仙北)を建て、自ら駒形根大明神の大額奉献。次いで仁寿元年(八四一)神階正五位贈、清和天皇貞観元年(八四九)勅使下向正一位を贈らる。
延喜式(九〇一)神名帳登載。後、源氏、平泉藤原氏崇敬篤く、武具祭田献納。社殿壮大。四大宮司三十祢宜六十社家を擁し、奥羽総鎮守として信仰を集め、お駒精進講・お駒講・駒形講等の駒形信仰の源流となった。嘉祥三年(九〇〇)駒形山大昼寺(くぎょうざんだいちゅうじ)建立。やがて奥羽一帯修験の地となり神仏混淆に入る。八三九年後の元文四年(一七三九)仏教から分離、御巡幸始まる。寛保三年(一七四三)桜町天皇より御宣命と御宸筆の扁額を賜る。明治四年郷社に列する。
昭和三年建立の奥宮が朽ちて五十年。昭和六二年、山頂に奥宮再建。歴史に埋もれていた当神社が多くの人々に見直され、農畜の神・家内安全商売繁昌の神、特に栗駒の山名と残雪の駒姿、大昔から馬産地であった馬の信仰が根強く残り、現代の車社会で交通安全の神としても効験著しいと脚光を浴びることとなってきた。

−『平成祭データ』−



最終更新日:2013/10/09
【 駒形根神社嶽宮 (栗駒山) 】

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