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鹿島神社
かしまじんじゃ
[宮城旅行] 宮城県栗原市築館字黒瀬後畑64  Zenrin Data Com Maps display !!


十六菊


五七桐

旧村社
合祀 式内社 陸奥國栗原郡 香取御兒神社

御祭神
武甕槌命 合祀 經津主命

宮城県栗原市にある。
くりこま高原駅から北西に直線で6Kmほどの黒瀬後畑に鎮座。
道路に面して南向きの境内がある。

境内入口の鳥居をくぐると、左手の林の中に多くの石碑。
右手は広場になっている。

参道を進むと、参道の左右に池がある。
左手の池の中島には小さな祠、
右手の池の中島には石碑が立っている。

さらに参道を進むと、正面に入母屋造の社殿。
拝殿の後方に、流造の本殿がある。
現在の社殿は元文二年(1737)別当千手院源光によって再建されたもの。

参拝は夏の休日。曇天で天気は悪かったが
境内の緑は美しかった。
参道は綺麗に整備されており、池がもう少し綺麗なら
などと考えながらの参拝。

社頭の「鹿島神社の由来」と書かれた案内板があったが
かなりかすれていて、ほとんど読めず残念。

社伝によると、景行天皇の御宇、
奥州夷賊退治以後、常陸国の鹿島明神より勧請されたという。

また、一説には建保元年(1213)、和田義盛没落の際
逃げのびた三浦荒二郎というものが勧請したとも伝えられている。

当初は、現在地の南1Kmほどの三峯山という小山に鎮座していたという。

明治八年十月、村社に列した。

合祀の香取御兒神社は、式内社・香取御兒神社の論社。
合祀された年月は未詳らしい。

拝殿の屋根に菊紋と、桐(らしき)紋が付けられていた。
桐紋の葉がギザギザしていたので、鬼桐だと思う。


社頭

鳥居

参道左手の石碑

境内、参道左右に池

参道左手池に小祠

参道右手池に石碑

社殿

本殿

境内左手に境内社

境内参道

鹿島神社
祭神
武甕槌命(たけみかづちのみこと)
経津主命(ふつぬしのみこと)
祭日 旧三月十日、九月十九日
 江戸期には、右祭日は旧暦の三月十日と九月三十日で九月三十日の 祭日には岩ヶ崎城主中村日向様から武頭一人、足軽が十人が来村し例年 警固に当ったという。
構造、形式及び面積
 本殿、切妻形流造、二間×二間、幣殿、一、五間×二間。 拝殿、入母屋型、四間×二間、面積、二七五〇坪。
鳥居
 文化十三年三月建立(一八一六年)
鳥居の石柱は、村の人達が岩ヶ崎から運搬経路上の村々の人達の協 力を得て、転(ころ)を使って当所まで運んで来たとのことです。
神木
 杉一本、初代は枯死し、切株の跡がある。

−境内由緒書−



最終更新日:2013/10/09
【 鹿島神社 鹿嶋神社 (栗原市築館) 】

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