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子鍬倉神社
こくわくらじんじゃ
[福島旅行] 福島県いわき市平揚土30  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴

式内社 陸奥國磐城郡 子鍬倉神社
旧県社

御祭神
稻倉魂命

福島県いわき市にある。
常磐線・いわき駅の西500mほどの平揚土に鎮座。
いわき駅から西へ進み、信号を越えて坂を登ると境内横に到着する。
表参道は南側にあり、階段を上ると鳥居が建っている。

参拝は東日本大震災から3カ月近く経過した6月始めだが、
特に震災の影響は残っていなかった。

広くて明るい境内の北側に、南面して社殿が建っている。
拝殿は銅板葺入母屋造。背後の本殿は流造。
木々の間から本殿を見ることは出来たが
葉が茂って撮影は失敗したので本殿の写真は割愛した。

境内の左手にちょっとした林があり
そこに八坂神社が祀られている。
当社境内にあるのだが、当社とは別の神社。

元明天皇の和銅年中の勧請と伝えられ、
元は大館に鎮座していたが、
慶長年間、鳥居氏の平城築城に際し遷座されたもの。
当社同様、平城三社(子鍬倉、飯野八幡、八坂)の一つである。

八坂神社の横に秋葉神社や天満宮が祀られているが
これらの社は八坂神社の末社らしい。

稲荷大明神とも称され、子鍬倉稲荷神社とも呼ばれる社。

大同元年正月の創祀とも伝えられるが、
天保二年四月二十七日、火災によって社殿を焼失し、
古記録は残っていないらしい。

式内社・子鍬倉神社に比定される古社。
江戸時代には荒廃し、場所は不明となっていたが
平桜町(現在の磐城桜が丘高内)の稲荷の小社の周囲から
勾玉などが出土したことから、子鍬倉神社である比定され
その後、現在の揚土台にあった牛頭天王社
(現在の八坂神社)社域に遷座して子鍬倉神社としたらしい。

子鍬倉とは、絹を作る蚕(カイコ)、農業用具としての鍬、
そして倉と考えられ、衣食住を表すという。
あるいは、蚕の桑を蓄えていた倉庫に由来するのかもしれない。
ひょっとすると、こくわ(サルナシの実)と関係あるのかとも。

磐城四郡の総鎮守で、平城三社の一として
歴代城主の崇敬が篤く、社領二十石を賜った。

明治六年三月県社に列した。

拝殿の提灯や賽銭箱に巴紋が付けられており
『全国神社名鑑』にも、当社の神紋は巴紋とある。

子鍬倉神社の末社として、拝殿横に金比羅神社があり、
『明治神社誌料』には、他に鷺森社の名が載っている。


参道

鳥居

境内

社殿

社殿

官社天満宮

八坂神社

足尾山石碑

秋葉神社

稲荷社などの石祠

金比羅神社

子鍬倉神社 参拝のしおり
当社は、旧県社で祭神倉稲魂命を祀り衣食住の神として又、平の町の氏神様として尊崇されている。
子鍬倉神社の社名は、日本全国ただ一社だけの社名であるばかりでなく、「子」は蚕を意味し、当地方でも養蚕の盛んな時代には蚕を「お子さん」と呼んで大切にしていたように「衣」を代表する言葉である。「鍬」は農具を意味して「食」を代表し、「倉」は古代に於ける物品出納の場所で経済即ち「住」を意味して「子鍬倉」の御社名は正に「衣食住」を代表するに相応しい社名であり、よく御祭神の神徳を表現した尊いいわれのある名前である。
創建は古く、平安時代第五十一代平城天皇の大同元年(西暦八〇六年)と伝えられ、第六十代醍醐天皇の御代の「延喜式」の神名帳に当神社の名があり、これは「式内社」と呼ばれ由緒ある古い神社と称せられ式内社磐城七社の一つである。又古くは磐城四郡の総鎮守と称せられ、平城三社の一つとしても歴代の平城主の厚い尊崇を受け神領の寄進を受けていた。
明治六年三月に全国的に社格制度が実施され、当時磐前県は当神社を県社の第一号に指定した。これにより氏子民は地方神社の最高峰として尊崇の誠を捧げ、社格制度の廃止となった現在においても「県社」の愛称で親しまれているのは是所以である。
当社は古来平桜町(現在の磐城女子高校内)に鎮座したが、慶長七年(一六〇二年)平城主鳥居忠政公が平城を築くに当たり社地を収め神社修復を怠り荒廃するに至った。その後平城主内藤公は敬神の念篤く、由緒ある当神社の荒廃を嘆かれて現在の揚土台に社地を賜り復興させたのである。しかし、天保二年四月(一八三一年)火災の為に神殿・古文書・神宝など殆どを焼失し、現在価値ある古文書・神宝などがないのが残念である。その後、嘉永六年五月(一八五三年)官民協力して社殿を復興させ、その当時のものとして現在の本殿と額殿(旧拝殿)が現存している。その後順次境内を整備し現在の拝殿・幣殿は昭和四年建築のものである。
例祭は新暦の四月十八日に祭典が行われ、四月の最終土曜日・日曜日に神輿渡御が行われている。

−『平成祭データ』−



境内八坂神社由緒
旧村社で御祭神は建速素盞鳴尊を祀る。元明天皇の和銅年中の勧請と称す。往古は山部神社と呼び、中古に到りて牛頭天王と言い、後八坂神社と改める。内郷小島町、御厩町、を氏子とする。(昭和29年までは御台境町も含む)元大館に鎮座、16代磐城常朝が大館城築城により物見岡赤目崎に遷座。慶長年間鳥居氏の平城築城に際し今の地に遷座現在に至る。代々の領主の信仰が深く、平城三社(子鍬倉、飯野八幡、八坂)の一社である。

−『福島県神社名鑑』−



最終更新日:2014/07/22
【 子鍬倉神社 (いわき市) 】

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