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温泉神社
おんせんじんじゃ
[福島旅行] 福島県いわき市常磐湯本町三凾322  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴

式内社 陸奥國磐城郡 温泉神社
旧県社

御祭神
少彦名命 大己貴命
配祀
事代主命

福島県いわき市にある。
常磐線・湯本駅の北西500mの常磐湯本町に鎮座。
境内入口は14号線に面して北向き。
鎮座している丘は、三凾の丘と呼ばれているらしい。

入口の左脇に「延喜式内 縣社温泉神社」と刻まれた社号標。
以前は、そこに鳥居が建っていたようだが
平成23年3月11日の東日本大震災で倒壊したのだろうか
鳥居の両足の位置に、その痕跡らしき石柱の記念碑が建っており
「為 平成二十三年三月十一日 東日本大震災誌之」と書かれていた。
左の石柱には「修理固成」、右の石柱には「光華明彩」。

「修理固成」は、古事記に記されている
イザナギ・イザナミ両神が、天の神々から
「このただよへる国を修(おさ)め理(つく)り固め成せ」
国土を創世せよと、天の沼矛を授かった言葉。

「光華明彩」は、日本書紀に記されている、大日孁貴天照大神)を
「はなやかに光り麗しく国中を照らし」
万物は育成すると、形容した言葉。

神道的な解釈はよく解らないが、
大震災で大きな被害を受けた東北の再生祈願として
なんと相応しい言葉だろうか、と思いながらの参拝。


鳥居の足の位置に記念碑のような石柱

左に修理固成



右に光華明彩

参道を進むと、参道階段の下に鳥居があるが
鳥居の左脇にある石碑には、湯が流れ落ちていて
湯気が立っていた。流石に温泉神社だ。

階段の上は、社殿のある境内。
境内中央奥、南側に大きな入母屋造の拝殿があり、
拝殿の後方に流造の本殿。

創祀年代は不詳。
通称は湯泉様(ゆうぜんさま)。佐波古神社とも称された神社で、
式内社・温泉神社に比定される古社。
「佐波古」とは初代神主小子部宿祢佐波古直足の佐波古のこと。
鎮座地名の三凾(三函)でもあるらしい。

当初は、現在地の北西5Kmの霊峰湯ノ岳(佐波古峰、三箱山)に鎮座し
少彦名命一座を祀っていたが、
日本武尊東征のおり、大物主大神大己貴命)を合祀。
江戸末期に事代主命を相殿に祀った。

天武天皇二年(白鳳二年、673)九月九日、
湯ノ岳より下山して里宮として
暦応三年(1340)、現社地の北向かい・観音山の中ほどに遷座。

あるいは慶安四年(1651)、あるいは延宝六年(1678)
あるいは、明和五年(1768)に現在地に遷座したという。

要するに、創祀の地である湯ノ岳を御神体とする神社で
湯ノ岳山頂には、当社の磐座がある。

ただし、『式内社調査報告』では、
社号が「温泉山神社」でも「温泉石神社」でもなく
「温泉神社」なので、湯本温泉そのものを祀ったものであろうといい
後世、湯ノ岳信仰が付加されたものとされている。

たしかに、同じく陸奥国の宮城県鳴子温泉には
温泉神社と温泉石神社という式内社が別に存在している。

本殿の左後方に「むすび磐境」と呼ばれる磐境がある。
近年、湯ノ岳から運んできた岩で造ったものらしい。
これは、六主毘(むすび)を意味しており
天乃御中主、大地主、大物主大国主事代主経津主を祀り
諸々の願いが結実することを願うものとか。

その岩の中にある特徴的な陰陽石が、妙にリアルで面白い。

境内には幾つかの境内社が祀られている。
社殿の左手に、常磐城稲荷神社。
境内左手に、竈処社・福富久社・歳徳社。
境内右手には、足尾・智々文、出雲・三輪、津島・八坂。
その他にも幾つかの小祠が並んでいた。

資料には摂末社として、
粟島神社、出雲神社、三輪神社、八坂神社、津島神社、智々父神社、足尾神社、
若宮神社、瘡守稲荷神社、別雷社、歳徳竃處社、八坂三峰両所神社、子種神社、
古峯神社、大山祇神社、天神社、水神社の名が載っている。


14号線に面する境内入口


参道階段下の鳥居

鳥居脇の石碑
温泉が流れ湯気が出てる

境内

社殿

社殿

拝殿

本殿

竈処社・福富久社・歳徳社

足尾・智々文、出雲・三輪、津島・八坂

常磐城稲荷神社

むすび磐境

陰陽石、女性器と男性器

当社は四十代天武天皇二年(西暦六七四年) 初代神主小子部宿祢佐波古直足が宮仕い してより一三二〇年五十六代清和天皇貞観五年 (西暦八六三年)十月二十九日従五位下の神階を 授かる、一一三〇年前なり、それより四十二年後 六十代醍醐天皇延喜五年(西暦九〇五年) 延喜式神名帳に登載せらる
一〇八八年前なり、これ延喜式内社と言われる所なり 此処より西方五キロメートル霊峰場湯ノ岳(六〇〇メートル) を神体山としている
鎮座地は三遷して慶安四年(一六五一年) 今より三四二年前此の三函の丘に遷座して 現在に至っている
皇太子殿下御成婚
伊勢神宮六十一回正遷宮
 祝賀年、平成五年、八十四代神主直貞誌之

−参道案内板−



由緒沿革
佐波古神社とも称す。 延喜式内社であり、社家に伝わる「神幸由来記」など古文書参考書によれば、 神代の昔、湯の岳が神体山であって信仰の山である。
上古逸早く少彦名命鎮座あり、 後に日本武尊当地進駐の折、大和国現在奈良県三輪大社の主神、大物主大神大巳貴命」が合祀されて、 以来二神が郷民によって祀れた。
白鳳二年九月九日、湯の岳より下山して里宮として遷座され、 三遷して現在地に遷ったのが延宝六年であると記録さる。 尚、例大祭には、泉下川浦剣の浜より汲み来た潮水を供え、 神事を行う各戸は五月の山野の花を「カザシ」て神を迎へ祝う。 これすなわち、花祭であり、三枝祭であり、古来「サツキ」祭と称している。

−『平成祭データ』−



上代の昔、現在地より4km西方に聳える霊峰湯の岳(別称)佐波古峰に鎮座在りしを、 天武天皇二年(674年)にこの湯本三函の地に遷座し、最終に明和五年(1768年)現在地に遷座す。 例大祭は別称さつきまつりと呼称し、花鎮めの意味。 祭神は地下資源の神・医薬を司る神で延喜式内全国温泉神社の七社の内の一社で、 湯本町の鎮守様として広く崇敬をあつめている。
神事:神輿渡御のほか、例大祭前日同市泉町下川の剣浦にて、海潮水汲神事を行い、 神前に奉奠し祭儀を執行する。尚、毎月の七日にも海潮水を汲み、 翌八日の月次祭に用い、翌九日湯の岳の御山の磐境神座に供えて登拝神事をする。

−『福島県神社名鑑CDROM』−


当社の北西5Kmほどの位置に、創祀の地とされている
神体山・湯ノ岳があり、その山頂付近に当社の磐座がある。  Zenrin Data Com Maps display !!
三箱石と呼ばれる三つの磐で、その前に「第七の木戸」と書かれている。
三つの石が三つの函、つまり佐波古なのだろう。

この「木戸」というのは、三箱山(湯ノ岳)法海寺の
観音尊お山掛け修行の時に、湯ノ岳麓から登る行者道に設定されたもの。
法海寺の公式サイトには、以下の木戸があるらしい。
この中で、「第八の木戸 経塚」が湯ノ岳山頂にあり、
「第七の木戸 箱石」は、山頂から北へ少し下ったところにある。

第一の木戸 〆帳場
第二の木戸 不動滝
第三の木戸 賽の河原
第四の木戸 御前滝
第五の木戸 毘沙門滝
第六の木戸 姥様
第七の木戸 箱石
第八の木戸 経塚
第九の木戸 お竜灯場
第十の木戸 観音堂跡地

湯ノ岳山頂に 第八の木戸 経塚

三箱石

第七の木戸 三箱石


最終更新日:2013/10/09
【 温泉神社 (常磐湯本町) 】

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