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日置神社
ひおきじんじゃ
長野県東筑摩郡生坂村大字北陸郷字日岐8699  Zenrin Data Com Maps display !!


日月水


梅鉢

式内社 信濃國更級郡 日置神社
旧村社

御祭神
彦火火出見尊 天照皇大神 菅原道眞

長野県の生坂村にある。
長野駅から犀川に沿って19号線を
50Kmほど南下した北陸郷日岐に鎮座。
下生野の交差点で19号線をはずれ、
犀川にかかる日野橋を渡って500mほど北上すると社前に到着。
道路と犀川に挟まれた狭い境内がある。
境内入口に鳥居が立ち、入口の左手に
「延喜式内日置神社」と刻まれた社号標が立っている。

鳥居をくぐり境内に入ると、右手に絵馬殿。
左手には、大きく翼を横に広げたような建物があり
境内社の小さな祠が並べて祀られている。
その中央にある、ちょっと大きめの祠が
生坂村指定文化財になっている金比羅社だろう。

参道の正面に拝殿があり、拝殿の後方に本殿。
本殿は覆屋の中に納まっているようだ。

参拝は秋の日の早朝。
寒い朝で、犀川沿いの道を走っていると
川面から湯気が立ちのぼっていた。

社伝によると白鳳七年(667)六月の創祀。
応神天皇の皇子・大山奉行尊の子孫である日置部真木己利が
日岐郷に来て祭祀したという。

その後、荒廃していたが、寛弘の頃に再興され、
明応元年(1492)、丸山肥後入道平盛高が日岐六郷を受領した時
日岐六郷の産土神として祝詞殿を建立。
以後、領主の崇敬を受けた古社。

式内社・日置神社の論社の一つ。

拝殿の扁額の上に梅紋が付けられていた。
菅原道真を祀る神社で、境内の灯籠にも天満宮と刻まれていたので
梅紋が神紋なのだろうと思ったが、
拝殿内の幕や、絵馬殿横の神庫には別の紋が付いてた。

太陽から陽光(日足)が上に延び、
月か皿か船のようなものの上に乗って、
その下は水が流れている形状。

何と呼ばれている紋かわからなかったので
とりあえず、「日月水」と記しておくが、
船に乗った太陽が川を遡る図案と見る方が
神紋としては面白いかもしれない。


社頭

鳥居

境内

拝殿

絵馬殿

境内

本殿

境内石祠

境内社、中央が金比羅社だと思う

拝殿の梅紋

神庫の神紋

村指定文化財
日置神社の天神縁起・画像
禁制・神鏡・金比羅社
一、天神縁起は寛永一三年(一六三六)に、画像は寛 永一五年に日岐盛貞が奉納した物で秀作、画像に は裏書があり、狩野元信筆という。
一、禁制は文禄四年(一五九五)に松本城主石川康長が、 お宮の崇敬保護のために出した生坂では一番古い 貴重な文書である。
一、神鏡は直径9cm 室町時代末の作
一、金比羅社は流れ造、向拝付き、こけら葺き(うす くけずった板屋根)、彫刻が優れる。穂高町岩原の 立川流の宮大工浅川豊八の作と思われる、間口0.7m、 奥行1.1m
一、その他あひる文字の巻物三巻や天神像がある

−境内案内板−



【 日置神社 (生坂村)(印刷用ページ) 】

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