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大邱神社
だいきゅうじんじゃ
朝鮮慶尚北道大邱府達城町


花菱

旧國幣小社

御祭神
天照大神 國魂大神 素盞鳴神

毎月定例市の開催で有名だった大邱の市街西方、
盃杖の丘陵、新羅達井城の遺跡にある達城公園内。

明治中期以降、邦人が移住するようになり
この伝統的由緒の地に神宮を奉斎しようとの議が起こり、
明治三十八年十一月皇祖遥拝殿の建立を決定。
明治三十九年本殿を建設、天照大神一柱を奉斎し、
大邱大神宮と称していたが、大正二年、大邱神社と改称。

昭和十二年五月十五日、新たに國魂大神を御加列
素盞鳴神を配祀して、國幣小社に列格した。


参道

鳥居

社殿

社殿

國幣小社 大邱神社
鎮座地朝鮮慶尚北道大邱府達城町
交 通京釜線大邱驛から一粁、府營自動車神社前下車。
祭 神天照大神 國魂大神
例 祭十月十五日
 毎月定例日に開市される大市場で有名な大邱の市街西 方、盃杖の丘陵即ち新羅達井城の遺蹟を利用して拓いた達 城公園の内にある。新羅の故都大邱は上古以来我が國との 交渉が多く、明治中葉以後邦人がこゝに移住するやうにな つてから、この傳統的由縁の地に神宮を奉齋して、日夕親 しく敬神の誠を致さんとの議が起つて、昔から民間に特殊 の神秘的靈場として、畏敬されてゐたこの地の達城山の中 央高地に神殿を建設することゝなつた。明治三十八年十一 槻皇祖遥拝殿の建立を決足し、同三十九年本殿を創建し、 天照大神一柱を奉齋して、大邱大神宮と稱へられてゐた が、大正二年大邱神社と改稱し、大正五年本殿、拝殿その 他を整備して、公認の神社として態容を備へた。更に大正 十年本殿、拝殿、社務所等改築の計畫を起して、同十二年 竣工、また昭和十二年五月十五日新たに國魂大神を御加 列、素盞鳴大神を配祀して國幣小社に列格せられた。
 昭和十一年大邱神社御造營奉賛會を組織して大規模な造 營計畫を立て、同十三年着工、同十四年第一期工事竣成、 續いて第二期工事に着手し、同十七年六月竣成を見たので ある。
 寶物には太刀、弓、靱、楯、鏡等がある。

−昭和十八年発行 『神国日本 神まうで』−


【 大邱神社 】

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