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大國玉神社
おおくにたまじんじゃ
[茨城旅行] 茨城県桜川市大国玉1  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴

式内社 常陸國眞壁郡 大國玉神社
旧郷社

御祭神
大國主命
配祀 武甕槌命 別雷命

『神祇寶典』『神名帳考證』
大國主命
『常陸國二十八社考』『続常陸遺文』
大國主命 活玉依媛命
『大日本史神祇志』
大國玉神 武甕槌神

茨城県大和村にある。
水戸から50号線を西へ進み、水戸線大和駅あたりで南下。
3Kmほどの場所にある大国小学校の裏側にある。
小学校側(南向き)に石鳥居があり、参道を歩くと、
木々に囲まれた境内に社殿が立っている。

境内には、小さな祠がいくつも並んでいるが、詳細は不明。
境外には、75末社があるらしい。

創祀年代は不詳だが、
一説に「人皇五十三代淳和天皇天長年中」とある。

式内社・大國玉神社に比定されている古社。
貞観十二年に従五位下を授けられた大社で、
明治六年郷社に列した。

江戸時代には、本殿が二つあり、
東の宮に男体、西の宮に女体を祀っていたらしく、
祭神も、大国主命と后神とされていた。

本殿内には、宝珠石と呼ばれる7つの石が納められており、
日本書紀神代紀に記載されている大国玉神の7つの別名が刻まれているという。
大國主神・大物主神・大己貴命・葦原醜男・八千戈神・大國玉神・顯國玉神。


鳥居

参道脇の境内社

参道

社号標

境内

本殿

拝殿

石祠

石祠

境内社

境内社

青麻神社

大國玉神社
(常陸二十八社の一社、延喜式内社、旧郷社)
御祭神
大國主命 武甕槌命 別雷命
由緒
当神社の創建は詳らかでないが、仁明帝承和四年三月(西暦八三七 年)には霊験甚だ大であったために官社に預り、同十二年には従五 位下を授けられたことが続日本後記に記されている。更に清和帝貞 観三年九月(西暦八六一年)には従五位上に昇叙されたことが三代 実録に記されている。また、延喜式神名帳(西暦九二七年)に当社 の名が記されている。
慶長年間に徳川幕府から御朱印地二十石を賜る。更に元禄十二年に は水戸光圀公より、四神乃旗、日月乃幢が奉納された。
明治六年四月郷社に列格された。
鍬の祭(鍬打祭)村指定無形民俗文化財
昭和五十四年十一月五日指定
毎年正月三日に当神社で行われている行事で田遊びの神事ともいわ れている。このお祭りに使用する翁の古面や牛面は中世の頃の作と いわれている。
年頭に氏子崇敬者の家内安全と五穀豊穣を祈願する予祝行事である。
社殿の前庭に榊の小枝を敷き田所となし、古式にしたがって「春鍬 打ち」「畦づくり」「水切り流し」「牛口伝」「しばふみ」「田ならし」「種ま き」「早苗とり」「お田植え」から「お中食」と農作業の仕ぐさをしなが ら唱え言をして豊作を祈願する古くから本社に伝わるお祭りである。
さやど廻り祭村指定無形民俗文化財
昭和五十四年十一月五日指定
毎年正月四日早朝に行われる神事である。
詳しい名称は「大國玉神社末社七十五社御宮渡巡行」と呼ばれるも のである。
大国玉地内に祀られて当社の末社を氏子崇敬者の有志が大榊と大太 鼓を先頭にして走りながら巡行し、家内安全と五穀豊穣を祈願する お祭りである。
帰社後、甘酒を頂き、「神宝日出五穀豊熟福田之祓」の御神符を受ける。
この行事に参加すると年間無病息災であるといわれている。
大和村教育委員会

−境内案内より−



最終更新日:2013/10/09
【 大国玉神社 大國玉神社 (茨城) 】

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