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椋神社
むくじんじゃ
[埼玉旅行] 埼玉県秩父市下吉田7377  Zenrin Data Com Maps display !!


五七の桐

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式内社 武蔵國秩父郡 椋神社
旧県社

御祭神
猿田彦大神
武甕槌命 經津主命 天兒屋根命 比賣神
合祀
應神天皇 猿田彦命 應神天皇 磐裂神 素盞嗚命 天手長雄命 櫛名田比賣命
表筒男命 中筒男命 底筒男命 八柱御子神 神功皇后
速玉男命 事解男命 伊弉諾命 伊弉冉命

埼玉県秩父市にある。
秩父鉄道・皆野駅の西7Kmの下吉田に鎮座。

赤平川に沿って、37号線を西へ進み、
少し南へ入ると、当社の駐車場。
参道入口(表参道)は、カーブした道の途中、東向きに鳥居が立っている。
階段を登ると、穏やかな雰囲気の境内。

正面に立派な社殿がある。

参拝は、八月の休日の午後。

社伝によると、
日本武尊東夷征伐のおり、甲斐国酒折宮から武蔵国諸郡を経て
当地を通りがかった時、霧が深くて進めず、
軍神である事勝長狭神猿田彦大神)に神慮を請い、
鉾を立てたところ、光を放って飛翔し、
井泉の椋の木の下に止まった地点に老翁が現出。
その老翁が、日本武尊を導いたという。
後、日本武尊が、大神に感謝して祠を建て、祀ったのが創祀。

また、俵藤太による平将門討伐のおり、
俵藤太が当社に詣で、祈願したことにより
将門一門を討つことがかない、俵藤太によって春日四神を合祭され
井椋五社明神と称されるようになったという。

近世以降は、旅行安全や養蚕の神として崇敬された神社で、
式内社・椋神社の論社のひとつ。

当社の例祭には、龍勢花火が奉納されるようだ。
これは、日本武尊が立てた鉾が、
火を放って飛んでいったという故事によるものらしい。

本殿の右手に、立派な八幡宮がある。
他にも境内社が幾つか祀られている。
『式内社調査報告』には、境内社として
神明社、天満社、諏訪社、稲荷社、疱瘡神、産泰社の名が記されている。

本殿の屋根瓦には、三つ巴紋が付けられているが、
拝殿内の幕には、桐の紋が染められていた。


参道入口

参道階段

境内入口

境内

社殿

社殿

狼のような狛犬

本殿

狛犬

社殿

境内社

境内社

境内社

八幡宮

境内

由緒記
(1)
人皇十二代景行天皇御宇、日本武尊東夷征伐のとき、伊久良と云う処に御鉾を立て猿田彦大神を祀り給いしと云う。神殿は和銅三年芦田宿禰守孫造立すと云う。多治比直人籾五斗並びに荷前を奉るとあり是当社造立の起源なり。清和天皇貞観十三年武蔵国從五位下椋神社に從五位上を授けられる。醍醐天皇延喜年間神名帳に記載せられ国幣の小社に列す。社伝に曰く朱雀天皇天慶五年藤原秀郷当社に春日四所の神を合祀す。日本武尊五代の裔丹治家義五代の孫武信神領数十町を寄附す是を供田と云う。即ち六段田是なり其後、畠山重忠太刀一口を獻ず。今遺存して神宝となす。長慶天皇永徳二年累進して從二位を授ける。元亀年中武田信玄秩父氏と戦い社頭を焼く神殿古器神宝旧記悉く皆焼失す。天正三年鉢形城主秩父新太郎氏邦神殿を再建す同氏獻上する処の祭具木魚二本今猶存在す。慶長九年当社境内欅三十五本を伐採し江戸城建築の為使用す。寛永四年神殿大破修復棟札あり。宝永五子年二月拝殿修復、棟札は左の如し。
夫武蔵国秩父郡矢場田庄吉田ノ怙鎮守井椋五所神社者延喜式神名帳所載椋神社是也縁起に曰景行天皇四十年与 天慶年中子両度鎮座也  云云
上棟井椋五所大明神拝殿修造清祓御祈祷 国家安全・五穀成就 攸 芦田伊勢守 藤原守房、芦田若狭守 藤原守光、芦田長門守 藤原重斉 干時宝永五壬子天二月吉日
寛政元酉年四月本殿檜皮葺は、天正年中北條安房守氏邦再建にして弐百有余年に及び大破に及び本殿は銅を葺き弊殿拝殿とも大修復をなす。
寛政元己酉年
奏上棟椋神社幣殿拝殿造立功成就 常磐堅磐 社頭康栄 守護祈所 神主 芦田日向守 藤原保実、芦田市正 藤原守重、芦田若狭守 藤原武矩、四月二十一日、大工棟梁 赤柴村 黒石勘平
明治十五年六月十五年県社に昇格す。大正二年近隣の神社二十三社を合祀す。大正五年十一月十三日無格社八幡大神社合祀許可せらる。
大正十年拝殿幣殿の改築竣工し十月四日神饌幣帛料供進神社と指定せらる昭和九年天皇陛下より祭祀料を賜わる。昭和十七年九月社務所焼失す。
昭和二十五年十二月氏子奉納金十萬円を以つて平殿拝殿の屋根大修復。
昭和三十四年九月、工費百三十万円餘氏子崇敬者寄附金其の他にて新社務所建設さる。昭和四十年十月諸社合祀五十年祭を記念して氏子の奉納金により八幡本殿上屋幣殿屋根工事を完成す。
昭和四十三年十二月明治維新百年祭記念として本殿屋根修理、四十四年四月元拝殿屋根改造完成す。昭和四十八年九月氏子崇敬者の奉納により竜勢櫓用細木二百十一本柱八本奉納。細木置場を建設す。
昭和四十九年四月北條氏邦椋神社再建四百年祭を記念して奉納金其の他にて調製費二百二十万円を以つて神輿調製奉納す。五十年亦三百万円の資金にて拝殿その他諸建築物の修復を完成し調度品を購求せり。亦四十九年五月二十日埼玉県の補助により椋宮橋竣工す。

(2)
人皇十二代景行天皇の御宇皇子日本武尊東夷御征行の砌、猿田彦大神の霊護を恭み、皇子御神ら猿田彦大神を當地に奉齊せられたるを起元とし、清和天皇の御宇貞観十三年十一月従五位上を贈られ醍醐天皇の延長五年十二月延喜式神名帳に記載せられ朱雀天皇の御宇平将門誅伐の時、藤原秀郷春日四座の神を合祭して軍功を奏し、五座の神となる。元亀年間武田信玄の兵火に罹り社殿焼失し、天正三年北條氏邦再建す。明治六年郷社となり、仝十五年六月三十日県社に列せられ、大正十年十月神饌幣帛料供進神社に指定せらる。昭和十七年九月三十日社務所焼失し、昭和三十四年九月氏子崇敬者寄附金其の他にて新社務所建設さる。昭和四十九年四月北條氏邦椋神社再建四百年祭を記念して奉納金其の他にて神輿調製奉納す。昭和五十年拝殿其の他諸建築物の修復を完了。龍勢の神事は昭和五十二年三月二十九日埼玉県選択無形民俗文化財となる。

−『平成祭データ』(原文ママ)−



最終更新日:2014/08/14
【 椋神社 (下吉田) 】

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