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后神社
きさきじんじゃ
[東京旅行] 東京都三宅村大字伊ヶ谷  Zenrin Data Com Maps display !!

式内社 伊豆國賀茂郡 伊賀牟比賣命神社

御祭神
伊賀牟比賣神

境内 式内社 伊豆國賀茂郡 南子神社
南子神社(ただし未確認) 南子命

境内 式内社 伊豆國賀茂郡 片菅命神社
若宮神社(ただし未確認) 片菅命

東京から180Km南にある三宅島にある。
当社は三宅島の北西部にあり、
三宅村役場の北5Kmほどの伊ヶ谷に鎮座。

三宅島を一周する212号線から、大船戸湾へ下りる道の途中に境内がある。

境内入口の階段を上ると石鳥居が立ち、鳥居扁額には「后神社」とある。

さらに階段を上ると社殿がある。
社殿は拝殿らしき建物の後方に、一段高く本殿らしき建物。
本殿は、『東京都神社名鑑』には、木造神明造、
『式内社調査報告』には、流造とあるので
この建物の中に、本殿が納められているのだろう。

拝殿の右側に、鳥居のある別の社殿があり
その鳥居の扁額には「長根八幡神社」とあった。

境内は一面の雑草に覆われており、しかも、その背丈は1m以上もあるので、
注意しながら境内に侵入。
南の島の、海に近い斜面にあるためか、植物の生育が速いのだろう。

創祀年代は不詳。

元は、伊豆村大崎宮、伊ヶ谷と伊豆の境界、
倉澤橋の下あたりに鎮座していたが、文明三年(1471、あるいは永正年中)
大船戸湾に伊ヶ谷村を創設した時に、現在地の后山に遷座。

大崎」は、が訛ったものだろうか。
伊ヶ谷から見て、大船戸湾の向こうにあるためか
伊ヶ谷では、その地を向浦(あるいは向倉)というらしい。

式内社・伊賀牟比賣命神社に比定されている古社。
祭神は、三島大明神が三宅島においた三柱の后の一柱・伊賀牟比賣命。
他の二柱は、二宮・伊波乃比咩命と三宮・佐伎多麻比咩命。

伊賀牟比賣命の名は、伊(神聖な)賀牟(初めの)比賣(姫君)であるという。

『三宅記』によると、
「ちやく(嫡)女おは嶋の酉の方におき給ひ」とか、
「ちやく女おば伊豆に入海(いがい)あり、爰にいはひ参らせ」とあり、
伊賀牟比賣命の伊賀牟は、入海の訛りだとも。
伝承によると、この女神は泊の泊御途口大后明神を妬み、
幼少の王子を抱いて、海へ飛び降りた(入海)ともある。

他の伝承では、
箱根の湖畔に翁とともに住んでいたが、
ある日、翁が釣りをしていた時、まったく魚が釣れず、
湖の神に「魚が釣れたら三人の娘の誰でも嫁にしてよい」と言った。
すると、若い男が現れて、湖に入ると、多くの魚が船上に飛び込んできた。

後悔した翁が娘達に相談し、湖の神が嫁を請いに来た時、
伊賀牟比賣命は「私は富士の頂にいるべき」と言って、
妹達を共に鳩に化して飛び立った。

大蛇となった湖の神が富士に迫った時、
富士に坐していた三島大明神が、伊賀牟比賣命達を
彼方に見える大島、新島、神津嶋へ逃がしたが
大蛇はさらに追って来た

ついに三宅島まで追って来た時、
三島大明神と御子神達によって、大蛇は退治された。
よって、三宅島には蛇が棲めなくなったという。

三人の娘は、みな三島大明神の妻となったが、
三島大明神が伊豆国へ出発する時、
伊賀牟比賣命の美貌を妬んだ、他の后神が、その出発の知らせを遅らせたので
伊賀牟比賣命は、三島大明神の見送りが出来なかった。
それを悲しんで、海に身を投じたと言う。

伊賀牟比賣命には四柱の御子がいたが、
幼少の王子を抱いて飛び降りて、石となり、
一人の王子は、島の丑寅(北東)の海中に入り、
一人の王子は、辰巳(南東)の方の沖に入り、
残りの一人は三島大明神に付き従っていたという。

伊賀牟比賣命は、三島大明神が三宅島においた后の第一であるが、
三島大明神の后の第一である阿波咩命と混同される場合もあり、
明治の頃には、祭神は阿波神と記されているものもある。


社頭

鳥居

境内

参道社殿

社殿

社殿

長根八幡神社

参拝時には、知らなかったのでよく探していないのだが
本殿の脇に境内社の若宮神社があるはず。
本殿覆屋内にあるのか、あるいは、雑草に埋もれて気付かなかったのだろう。

『式内社の歴史地理学的研究』によると、
当社本殿に向かって左に二つの境内社があるらしい。

『式内社調査報告』によると、当社本殿の右側に若宮神社があり、
片菅命が祀られているとあって、式内社・片菅命神社の論社として記されている。

一般に、片菅命は、三宅島の三島大明神の三番目の后・佐伎多麻比咩命の御子、
「なこ・かね・やす・てい・したい・くらい・かたすけ・ひんすけ」
の七番目の「かたすけ」と考えられており、
当社の若宮は、伊賀牟比賣命が入水した時に、
島の丑寅(北東)と辰巳(南東)の海で亡くなった御子を祀ったものだと思う。

ただし、式内社・片菅命神社の有力な論社は、
三宅島の丑寅(北東)の海の近くに鎮座しているのだが。

また、南子神を祀った祠か石もあるらしいが、これも気付かず。
というか、本殿まで近づく気にならなかった

普段なら境内の隅々まで、「何かあるのでは」と探索するのだが
たまに、気を抜いて参拝し、後で後悔してしまう。

『式内社の歴史地理学的研究』によると、
境内東よりに小祠の南子神社があるらしいがはっきりせず、
あるいは、本殿に向かって右側に立ててある石が、
式内社・南子神社であるかもしれないとある。

境内の東寄りには、長根八幡神社があるのだが
この中に祀られているのか、本殿脇の雑草の中か、本殿覆屋の中か。
いづれにしても、僕は確認していない。

本来なら、すぐに三宅島に再訪して確認するところだけど
プライベートにおいて大きな変化があり、未だに実現していない。


最終更新日:2013/10/09
【 后神社 (三宅島) 】

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