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健田須賀神社
たけだすがじんじゃ
[茨城旅行] 茨城県結城市結城195  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴

旧県社

御祭神
須賀神社 須佐之男命
健田神社 武渟川別命
式内社 下總國結城郡 健田神社

茨城県結城市にある。
結城駅の北500mほどの結城に鎮座。
境内入口は北側。入口右手には「縣社健田須賀神社」と刻まれた社号標。

参拝は十月の休日、雨の朝。
上田市の自宅を深夜出発して、
50号線にある栃木県の道の駅で朝まで眠り、
周囲が明るくなった頃に、当社へ到着した。

石の参道を進むと白い鳥居が建っており、
参道は南へ数十mほど続いている。
しばらく歩くと、右手に慰霊殿。
護国の英雄を祀った神社。

さらに進むと社殿のある境内。
参道の正面には舞殿があるが、
拝殿等は参道の右手にあり、当社社殿は東向き。
瓦葺入母屋造の拝殿の後方、垣に囲まれて流造の本殿がある。

本殿の左手に立派な「カヤの木」があるが御神木だろうか。

当社は、明治三年、
現社地鎮座の須賀神社に、小塙鎮座の健田神社を合祀した神社。

須賀神社は元県社で、
鎌倉初期に尾張国津島神社から勧請された神社。
津島天王、牛頭天王とも称していたが
明治元年、須賀神社と改称した。

健田神社は、式内社・健田神社に比定されている古社。
もとは結城本郷健田に鎮座していたが、
宝暦十三年(一七六三)小塙の乗国寺境内に遷座。
明治三年、神仏分離により当社へ合祀されたという。

社殿や手水鉢に三巴紋が付けられている。

拝殿の正面、植栽に埋もれるように「猿田彦大神」の石碑が建っており
その横に小さな祠がある。
『平成祭データ』には、当社境内社として、
甲子稲荷神社、慰霊殿の名が記されている。

拝殿の左手には、以下の十二社が並んで祀られている。
左手から、香取神社、三峰神社、白峰神社、足尾神社、
羽黒神社、松尾神社、鷲神社、八幡神社、
大神宮、高椅神社、大桑神社、住吉神社。
案内板によると、十二ヵ月かけて十二社を参詣するとご利益があるらしいが
こんなに近くにあるのに、
最後の一社は、十一月間素通りしなきゃならないのだろうか。


社頭

鳥居

境内

拝殿

舞殿

十二社

本殿

社殿

カヤの木と稲荷社

猿田彦大神

慰霊殿

当社は結城市大字結城195番地に鎮座しており、タケヌナカワワケノミコトならびにスサノオノミコトを祭神とする。タケヌナカワワケノミコトは第10代崇神天皇の勅命により四道将軍の一人として東国地方を開拓、鎮定の大功をたてられ、開拓殖産興業、交通運輸の途を授け衣食住等人間生活の根源を開発指導せられ、所謂結城地方の文化の親神である。この地方に生を享ける者としては夢うつつにも忘れる事のできない一切生業の大恩神にましますのである。スサノオノミコトは疫神、疫病をはらい多くの人々を救い給わり、厄除け、身体健全、病気平癒の守護神として悪事災難を取り除かれ生活活動の限りなき恩恵を蒙り、その御神徳は実に広大無辺である。健田神社の創建は古く、竹田臣一族、結城の国造が祖神タケヌナカワワケノミコトを奉齋したと伝えられ、醍醐天皇の御代に制定された『延喜式』(927年)に下総11社に撰ばれ国司により奉幣があった。従って千年前に東国地方における著名の神社として遠近に知られていたことが明らかで、創建が極めて古い事、朝野の崇敬が厚い事がしられる。古くは結城本郷字健田の地に鎮座し、その後幾星霜を経て、神仏習合により宝暦14年(1764)小塙乗国寺と習合する。徳川幕府より祀田9石の寄進あり。(朱印状現存)。
明治3年神仏分離により浦町須賀神社に合祀する。須賀神社は古くは天王宮と称し、養和元年閏二月(1181)小山七郎朝光が結城に封ぜられ治績大いに上がり民心を得て結城氏を称した。仁治3年6月(1242)尾張国津島神社より神霊を勧請しこの地に創始する。その後歴代の領主結城氏をはじめ士庶に至まで崇敬を仰ぎ、康永2年(1343)結城直朝が結城七社を定め結城108郷の総社として盛観を極めた。領主移封後も毎年当神社の参拝を恒例とした。徳川幕府より祀田6石寄進。明治元年神仏分離令により社号を須賀神社と改め、同3年健田神社を合祀し、健田須賀神社と称し、明治6年に郷社、昭和5年に県社に列格される。現在も茨城県の特別神社に指定されている。

−『平成祭データ』−




健田須賀神社
御祭神武渟川別命
須佐之男命
タケヌナカワワケノミコト
スサノオノミコト
健田須賀神社は明治三年(一八七〇)に健田神社と現在地にある須賀神社が合祀されまし た。
健田神社は、古代より市内健田の地に建てられ我が国の最古公式記録集「延喜式」に勅撰 され東国地方を平定したとされる竹田臣の祖、武渟川別命を祀っています。
須賀神社は牛頭天王ともいい、疫病を祓う神、須佐之男命を祀り、結城家初代朝光公によ り仁治三年(一二四二)に創建されたと伝えられ、結城家第一の氏神として歴代の城主の 崇敬篤く、七代直朝公が結城七社を定め、結城一〇八郷の総社として社地の寄進がありま した。また当神社に伝わる古文書によると牛頭天王宮を中心とした中世都市結城の街を知 る事ができます。結城家福井移封後も家臣を遣わし崇敬されました。
その後も連綿と市中氏子により結城の氏神、産土神として信仰され今日まで「心のふるさ と」として祭祀され、夏季大祭は結城夏祭りとして、市中挙げての祭礼に大御輿が渡御さ れ、氏子の健康、発展が祈願されます。厄除け、方位除け、健康を祈願する氏戸崇敬者は 全国から訪れます。
御神徳
家内安全 厄除 方位除 身体健全 交通安全 病気平癒 合格必勝
宝物
結城家と当神社に係わる中世古文書(県指定文化財)
獅子頭、木彫狛犬(市指定文化財)徳川歴代将軍朱印状
年間行事
一月一日歳旦祭七月第三日曜日〜第四日曜日
一月三日元始祭夏季大祭
二月三日節分祭七月三十一日夏越祭
二月十一日紀元祭十一月中七五三成長祈願祭
四月十五日春季大祭十一月十五日例大祭(健田祭)
(太々神楽奉納)十二月三十一日大祓式
月次祭毎月一日 十五日

−社頭案内板より−




十二社縁起
牛頭天王(浦町須賀神社)住吉大明神(西の宮) 大桑大明神(小森村)高椅大明神(高橋村) 八幡宮(上簗村)大神宮(中河原村)鷲宮大明神(萱橋村)

この結城七社は結城家七代直朝が関城々主攻略の為 北極星を中心にして回る北斗七星に願をかけ破軍星を求め 七社に必勝を祈願した。その甲斐あって、関城を攻略し、 康永二年(一三四三)七社制を定め篤く信仰し、社地の寄進、 社殿の造営をおこなった。また同時にこの須賀神社に六社を 合祀したともいわれている。
この七社をお参りすると願い事が叶えられると昔より 伝えられている。殊に七社から破軍星を求め、この破軍星を 常に背負い勝負すると必勝が得られるという秘法である。

他に香取神社(下総国一の宮)松尾神社(酒造の神) 羽黒神社・三峯神社(火伏盗賊除の神) 白峯神社(祭神 淳仁天皇・崇徳天皇) 足尾神社(足腰の悪い方 健脚にご利益あり)
以上十二社を月ごとに十二か月参詣すると必ず霊験あり

−境内案内板より−



最終更新日:2013/10/09
【 健田須賀神社 (結城市) 】

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