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おのじんじゃ
[東京旅行]

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式内社 武蔵國多磨郡 小野神社 武蔵國一宮 旧郷社 御祭神 天下春命 瀬織津比咩命 伊弉諾尊 素盞嗚尊 大己貴大神 瓊々杵尊 彦火火出見尊 倉稲魂命 天押帯日子命 『神名帳考證』 |
東京都多摩市にある。
京王線聖蹟桜ヶ丘駅から北西にあるいて500m程。
多摩川の右岸に鎮座している。
創祀年代は不詳。
一説には安寧天皇十八年の創建と伝えられる古社。
式内社・小野神社の論社の一つ。
多摩川の左岸、府中市にも小野神社があり、
同じく、式内社・小野神社の論社である。
両社とも多摩川に近く、古代において多摩川の氾濫によって、
遷座・分祀された結果、どちらがオリジナルであったか
わからない状態になったのだろう。
当社は、武蔵国の一宮として、「一宮大明神」と呼ばれていた。
が、旧社格は郷社である。どうして府社とならなかったのか不思議だ。
主祭神は現在、天下春命であり、知々夫国造(当地方)の祖神である。
また、一説には、孝昭天皇の皇子・天押帯日子命とされているが、
これは、小野臣の祖神。
つまり、小野神社の社名が、地名由来であるか、氏名由来であるかによって、
その祀る神も違うことになる。
また、上古は、瀬織津姫命一座であったとするものもある。
駅から桜咲く道を、歩くと到着する。
一宮なのだが無人の神社だった。
神紋は、『神社名鑑』には三つ巴とあったが、
社殿や賽銭箱には、菊紋しか見当らなかった。
拝殿内にあるのかと思い、賽銭箱の後ろに回ったところ、
いきなり、警報のベルが鳴り始めた。
かなり、焦った。
それほど大きな音ではなかったが、逃げると怪しまれるので、
誰かが来るのを待っていた。
が、その気配はなく、いつしか、ベルは止まった。
保安上必要なのかもしれないが・・・
境内はかなり広いが、閑散とした印象。
春なのだが、木枯らしを感じるたたずまいだった。
木々の葉が少ないためだろう。
西に正面鳥居があり、隋神門がある。
南にも赤い鳥居と南門があるが、その先には独立の稲荷神社がある。
西正面 ![]() | 南側入口 ![]() |
隋神門 ![]() | 南門 ![]() |
境内 |
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拝殿 ![]() | 本殿 ![]() |
稲荷大神宮 ![]() | 武蔵国一之宮 ![]() | 秋葉大権現 ![]() |
北側に境内社がまとめて祀られている。
伊勢神宮内宮 天照皇大神・伊勢神宮外宮 豊受大神
三嶋神宮 事代主命・八坂神社 須佐之男命
愛宕神社 軻遇突智命・安津神社 日本足彦國押人命
日代神社 大足彦忍代別命・鹿島神社 武甕槌命
子安神社 木花開耶姫命・厳島神社 市杵嶋姫命
方便神社 鹽土老翁命・堰宮神社 水分神
境内社 |
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東京都指定有形文化財(彫刻)
木像随身倚像
武蔵一宮小野神社については現存する資料が極め て乏しい中で、昭和四十九年にこの随身倚像に墨書 銘があることが発見された。 墨書名によれば、この二躯のうち古い方の随身像 は、元応元年(一三一九)因幡法橋応円・権律師丞 源らにより奉納されたもので、その後、寛永五年 (一六一八)に相州鎌倉の仏師大弐宗慶法印によっ て彩色などの補修が行われ、その際新しい方の像が 新調されたことを伝えている。 どちらも檜材、寄木造。胡粉地に彩色が施され、 頭部は挿首、玉眼。 都内では、室町時代以前の随身像は数少なく、ま た武蔵一宮小野神社の歴史を伝える数少ない資料の 一つとして貴重な文化財である。 −境内案内− |
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