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水稲荷神社
みずいなりじんじゃ
[東京旅行] 東京都新宿区西早稲田3−5−23  Zenrin Data Com Maps display !!


包み抱き稲

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旧村社

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御祭神
倉稻魂大神 大宮女大神 佐田彦大神

東京都新宿区にある。
都電荒川線・面影橋駅の南にある甘泉園の南西隅に鎮座。
面影橋駅のある新目白通りからテニスコートの横の道を上ると当社裏門。
早稲田通りから200mほど北へ入ると、当社表門に到着する。

表の鳥居は南向き。
鳥居をくぐり手水舎の前を通り、参道を左手に曲ると社殿のある境内。
参道をまっすぐ進むと、徳川家遺構の茶室があり、裏門へ抜ける。

砂利が敷き詰められた境内に、東向きの社殿。
稲荷らしい赤い社殿で、後方の本殿は流造。
境内周囲には稲荷大明神と染められた赤い幟が並んでいる。

本殿の後方に「冨塚古墳」があり、
古墳の穴や、古墳の上にも稲荷が祀られている。
案内板によると、この「冨塚」が戸塚の地名の起源だそうだ。

ただし、由緒を見ると、旧社地は現在地の南300mほどの位置らしく、
本来の冨塚は、ここではないのかもしれない。

御朱印の日付にある通り、
当社への参拝は2011年3月11日の午後。
参拝後、池袋へ向かうため高田馬場駅を目指して早稲田通りを歩き
駅前で信号待ちをしている時に、
東日本大震災に遭遇。揺れはおさまったが電車は運休。
池袋まで歩いたが高速バスも運休し、長野に戻れなくなった。

社伝によると、
天慶四年(941)藤原秀郷(俵藤太)によって、
現社地の南方300mの富塚の上に稲荷神が勧請され、
冨塚稲荷、将軍稲荷と呼ばれていた。

文亀元年(1501)川越管領上杉治部少輔朝良朝臣の夢に老翁が現れ
「我此所を守護し、民をして太平の化を蒙らしめ、
所を繁栄ならしめんとす、汝必ず民を虐ぐる事勿れ」と告げた。
朝臣が老翁の名を問うと
「天の戸を開きて江戸に稲荷なる富塚の里にいくよにけり」
と答えたという。

目覚めて見ると、庭に一匹の老狐が居り、江戸の方に飛び去った。
朝臣はただちに家臣を江戸へやり、戸塚の辺りを探させたところ、
戸塚音信山に稲荷の古社があったことから、
これを再興し、戸塚一円を社領にした。

元禄十五年(1702)四月、神主の夢想により
御神木・大椋の下に霊水が湧き出し、眼病治療の霊験があった。
また、その時の神託に「我を信仰する者には火難を免れしむべし」とあり
水稲荷と称するようになり、消防関係者や水商売関係者の崇敬が篤いという。

天明八年(1788)京都の大火で、皇居が炎上した際、
しきりに防火につとめる老翁があり、
名を問うと「江戸の水稲荷」と答え姿を消したという。
この時の恩賞により、関東稲荷惣領職を賜わったと伝えている。

昭和の大戦により社殿が焼失。御神木の大椋も焼け
水稲荷の由来となった霊水も止まってしまった。
その後、早稲田大学から甘泉園に社地が提供され
さらに社殿の奉納を条件に旧社地を譲り受けたいとの申し出があり
徳川家御三卿の一つ・清水徳川家の旧跡である現在地に遷座した。

『神社名鑑』には、当社の神紋は稲穂丸とあるが。
御朱印、提灯、幕、社殿、天水桶に、包み抱き稲の神紋。
提灯には他に火焔宝珠。狛狐の台に別図案の稲紋が付けられていた。

鳥居から社殿へ向かう参道に大国社。
社殿の右手に、事比羅神社・高木神社・水神社と、
清水徳川家の守護神・三島神社。
本殿後方には北野神社が祀られている。
高木神社は、もとは早稲田大学構内に祀られていたもの。
北野神社は、牛込天神町から遷座され、
早稲田大学創立者・大隈重信が信奉篤かった社だそうだ。

社殿の左手、小学校横へ抜ける参道の脇に
耳欠け神狐という、耳の部分が欠けた狛狐がある。
この神狐の欠けた耳と、身体の痛い場所を交互にさすると痛みがとれるとか。
僕は、歩き疲れて足が痛かったので、足をさすった。
そのおかげで、池袋まで無事に歩くことが出来たのだろう。


鳥居

境内

境内

拝殿

本殿

社殿

耳欠け神狐

拝殿内

本殿後ろに冨塚古墳(戸塚の地名の起源)

穴に稲荷

古墳上にも稲荷

参道脇の茶室(徳川家遺構)

大田道灌の駒繋松

三島神社

事比羅神社・高木神社・水神社

北野神社

大国社

日本稲荷古社の随一 水稲荷神社

天慶四年(皇紀一六〇一年)鎮守府将軍俵藤太秀郷朝臣が初めて旧社地(現境内地南方凡そ三百米)の富塚の上に稲荷大神を勧請されました。
初めは富塚稲荷又は将軍稲荷と呼ばれました。
文亀元年(皇紀二一六一年)川越管領上杉治部少輔朝良朝臣が夢に一老翁を見ました。
老翁は「我此所を守護し民をして太平の化を蒙らしめ所を繁栄ならしめんとす汝必ず民を虐ぐる事勿れ」と言はれましたので朝臣が「翁は如何なる人にましますぞ」と問へば「天の戸を開きて江戸に稲荷なる富塚の里にいくよにけり」と答えて夢が覚めました。
時に庭前に一老狐が居り朝臣を顧みて江戸の方に飛び去りました。
朝臣は直ちに家臣をして江戸、戸塚の辺りを探させました処、戸塚音信山に稲荷の古社があり、又社側の古塚に白狐が年久しく住んでいる事がわかりました。朝臣は直ちに社頭を造営し戸塚一円を社領に致しました。
天文十九年(皇紀二二一〇年)牛込主膳正時国が社頭を造営しました。
天和二年(皇紀二三四二年)佐藤駿河守信次が社頭を造営しました。
元禄十五年(皇紀二三六二年)四月神主の夢想により大椋の下に霊水が湧き出しました。時に江戸市中眼病を患うもの多く諸人困難しましたが、此の霊水によって治った者が沢山ありました。
又其の節の御神託に「我を信仰する者には火難を免れしむべし」とあり此の事から世に水稲荷と称し奉り消防関係者、水商売の人達は特に参詣しました。当時は信仰範囲甚だ広く現に伊勢国飯高郡の人の納めた石灯籠が残って居ります。天明八年(皇紀二四四八年)京都大火皇居炎上の際しきりに防火につとめる老翁あり遂に天眼に留り名を問われた時「江戸の水稲荷」と奉答して姿を消しました。
この時の恩賞に関東稲荷惣領職を賜はったと伝えて居ります。
明治十七年村社に列せられました。昭和二十年五月戦災により社殿炎上に及びました。此の時天然記念物になって居りました神木大椋が焼け霊水が止まりました。氏子の方は大部分戦災より免れましたので一同協議して直ちに再建に着手し翌年末、資材不足を克服して木造二十五坪の社殿を新築しました。都内戦災神社復興の第一番でありました。
昭和三十八年七月廿五日現社殿に御遷座になりました。
数年前より旧社地が戦災の後漸次荒廃に趣き御神木も焼け枯れ神水も止まりました。二十一年再建の御社殿も十有余年の歳月に損じて参り更に総代に御造営の計画を立てました所はからずも早稲田大学より甘泉園に三、四六二坪の土地を提供し且御社殿を奉納するから旧社地二、〇六〇坪余をゆずり受けたいとの申出があり調査・審議の末、是れを決定致しました。
現在地は徳川御三卿の一たる清水徳川家の旧趾で都内稀なる名園甘泉園の一部であります。

−『平成祭データ』−


俵藤太は、天慶三年(940)に平将門を討っており
当社は平将門(霊)調伏の神社とも考えられるだろう。
一説に当社の稲荷神の神託によって
源経基が平将門の謀反を朝廷に誣告したとも伝えられている。

平将門を祀る築土神社では、繋ぎ駒を将門の象徴としているが
当社境内には、太田道灌の駒繋ぎの松があり、関連を想像させる。

下落合の稲荷神社の由緒に、
平将門を守護し仕えていた白狐三匹が、将門の滅ぶことを予知し逃げてきて祀られ
その直後に、平将門は俵藤太に首を取られたとある。

平将門は妙見菩薩を信仰して新皇に昇りつめ、
妙見菩薩に見限られて滅んだとも伝えられており
妙見菩薩=白狐三匹の稲荷神という図式があるのかもしれない。

烏森神社の由緒では、俵藤太が稲荷神に戦勝を祈願したところ、
白狐がやってきて白羽の矢を与え、その矢で将門を討ったという。

加門七海の著書『将門は神になれたか』(文庫版は『平将門魔方陣』)には、
当社などの江戸における平将門ゆかりの神社が、
一種の魔方陣として配置されているのでは、と記されており興味深い。

雑記帳『平将門魔方陣 「将門は神になれたか」』参照。

鳥越神社 兜神社 将門首塚 神田明神 烏森神社 筑土八幡神社 築土神社 水稲荷神社 鬼王神社 鎧神社

この中で、平将門調伏と思われる当社・水稲荷神社、烏森神社稲荷鬼王神社
偶然かもしれないが、稲荷神社であることも興味深い。


最終更新日:2013/10/09
【 水稲荷神社 (新宿区) 】

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