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天津神社(一の宮)旧県社 糸魚川市一の宮 北陸線 糸魚川駅より一粁 祭神 瓊々杵尊 太玉命 天児屋根命 例祭 四月一〇日 一〇月二四日 本殿 七・五坪 境内 二二二六坪 末社 一社 宝物 奴奈川姫神像(木彫)県文化財 氏子 千三百戸 崇敬者 二千百一〇人 神事と芸能 神輿渡御競合、舞楽一二舞(通称稚児の舞) 由緒沿革 糸魚川町の内一の宮、押上、寺町、 大町、七間町等の産土神として崇敬され、慶 長一六年徳川幕府より黒印地百石を寄せら れ、一七年後に朱印地に改めらる。大正七年 郷社、後県社に列す。 −『神社名鑑』− 神社名 天津神社 一ノ宮と俗稱す祭 神 瓊々杵尊 天児屋根命 天太玉命 境内別に奴奈川神社あり奴奈川媛命 八千矛命を祀る 鎮座地 新潟縣西頸城郡糸魚川町大字一ノ宮 人皇第十二代景行天皇の御宇の創設に係り人皇第三十六代孝 徳天皇の勅願所たりと云ひ傳へ延喜式内社の一ならむと推稱 せらる 社殿はもと山崎の地に在りしを山崩れのため此の地に移し造 營したりと傳ふ 此の地方は往昔沼川郷と稱し奴奈川媛命の棲みましし處八千 矛命が遠く海を渡りて此の地に上陸せられ媛と契らせ給へり と云ふ史實と御二方の間に生れましし建御名方命が姫川の渓 谷を辿りて信濃路へ進ませられ遠近を開拓統治し給へりと云 ふ傳説とに徴すれば此の地は神代に於て國津神の威武を内外 に發揚し給へる重要なる基地たりしを想察するに足る ただ神社名が天津神社と呼ばれ境内別に奴奈川神社の存する は後世天神地祇其の處を換へたるに依るならむか 女神像四體 掛佛 古面 舞楽装束等を秘蔵す 春季大祭は四月十日(昔は三月十日)秋季例祭は十月二十四 日(昔は十月十日)執行せらる。 大祭に神輿渡御の盛儀あり壮観多く匹傳を見ず 舞楽十二曲あり俗に「ちごの舞」と稱し大祭當日演舞せらる 百花繚乱の候婉麗優美千古雅趣を帯ぶる舞楽を豪壮極りなき 神事の後に拝するは對照の妙正に一大奇観にして古来名物祭 の名を檀にしたる所以も亦茲に存するか −参道の説明より− |