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由良比女神社
ゆらひめじんじゃ
島根県隠岐郡西ノ島町浦郷922  Zenrin Data Com Maps display !!


丸に並び矢

式内社 隠岐國知夫郡 由良比女神社二座 元名和多湏神 名神大
隠岐國一宮
旧村社

御祭神
由良比女神
海童神須世理比賣命などの説がある)

隠岐島前、西ノ島の浦郷にある。
西ノ島町役場の西700mほど、315号線の南に境内がある。

社前のイカ寄せ濱には鳥居が建ち、参道にはイカ形の電話ボックス。
当社は、元は知夫里島にあったとする伝承がある。

知夫里の「烏賊濱」にありイカの大群が押し寄せていたが、
浦郷へ移ってから烏賊も、浦郷へ移ってしまい
知夫里にイカが寄らなくなったという。

『続日本後紀』に仁明天皇承和九年(842)九月の条に、
「隠岐国智夫郡由良比女命神・・・並預官社」と記されている古社。

延喜の制では、名神大社に列せられ、
島後の水若酢神社と共に隠岐一宮とされている神社。

寛文七年(1667)藩命によってこの地を巡見した松江藩士斉藤豊宣によると
「極めて小さく古ちはてゝ亡きが如し、里人も知る者なし」とあり
近世には、すでに衰微していたものと思われる。

明治になって、その由緒から郷社に列し、
社殿を新築して、現在の規模になったという。

本殿は、春日造変態で、向拝唐破風、俗に枡形明神造というらしい。
道路から、社殿の側面が見えるが、
拝殿・幣殿・本殿と繋がった形は美しい。
神門の中には随身の人形が安置されており、これも綺麗だった。


参道にイカ形の電話ボックス

イカ寄せ濱に立つ鳥居

鳥居

神門

社殿

拝殿

拝殿

境内社

境内

本殿

本殿と境内社

由緒
祭神 由良比女命
例祭 七月二十八日
当社は仁明天皇承和九年(一一〇〇年前)官社に預り延喜式神明帳 には明神大として袖中抄には「わたす宮」土佐日記には「ちぶり の神」として見えたり
海上守護の神として古来より上下の崇敬篤く外国の使節を遣する 際或は外患を防ぐ時等に鄭重なる祈祷ありと続日本後紀三代 実録に記るされたり
平安朝末期には当国一の宮と定められその造營は国守により 行れたり
安永二年(一八〇年前)各村の庄屋集りて大祭の儀を復興し島前 一統の祭としてその制を今尚伝えたり
隔年に行れる御旅の祭には遠く雲石伯耆但馬より新造の漁舩を曳航 し競って神舩に列せんとしたり近郷の漁舩供奉して漕ぎ競べをなせり
社前の由良の浜には毎年十月より翌年二月にかけて「いか」の群集する ありその寄来る時は瀧の響の如くなり小屋掛けして待ちこれを掬い る多き時は一夜に数千連も押寄せり
十一月二十九日の神帰祭には少しと雖も寄らざることなしこれ遠き古より 今に至るまで変わることなき不思議の一なり

−境内案内より−



【 由良比女神社 】

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