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都波只知上神社
つばしちがみじんじゃ
鳥取県鳥取市河原町佐貫511
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式内社 因幡國八上郡 都波只知上神社二座 |
鳥取県鳥取市(旧河原町)にある。
JR国英(くにふさ)駅から西へ1Kmほど進み、
道を南下して500mほどで、参道入口の鳥居がある。
参道を少し進み、左折すると、森のような境内。
細い参道の奥に社殿が見える。
拝殿の後方に、覆屋根を付けた本殿。
破風付きの古そうな本殿が渋い。
創祀年代は不詳。
社名の「都波只知」は、ツバシチともツバキチとも読む。
『日本書紀』に、景行天皇が碩田国(現在の大分)に至ると、
当地の鼠の石窟と呼ばれる大きな石窟があり、
青という名の土蜘蛛と白という名の土蜘蛛が住んでいた。
皇命に従わない二人の土蜘蛛を、来田見邑において、椿の椎で討ったので、
その地を、「海石榴(つばき)市」と呼ぶようになったという話がある。
当社の伝承では、その来田見邑を当地であると考え、
海石榴市、つまり、ツバキチの神の社とする。
また、往古、当社を中心に市が栄え、
地に椿の樹木を植えたことから、椿市となったとも。
ゆえに、文化五年まで、市大明神、
あるいは大地大明神とも、大智大明神とも呼ばれていたらしく、
周囲には、六日市、八日市などの地名が残っている。
祭神は、景行天皇と日本武尊。
異説があり、土蜘蛛を退治した、武内宿禰が椿の樹で作った太刀など。
当初は、現在地の1、2Kmほど谷奥に鎮座していたが、
氏子参詣の不便のため、現在地に遷座した。
由緒を見ると、
社名の「都波只知」は「海石榴市」であることが説明されているが、
「上」とは何だろう?
昔は、下社、上社と分かれていたのだろうか。
境内の案内に、神紋は「丸に剣花菱」とある。
本殿の幕に、それらしき紋が付いていたが、
剣花菱の周りに木瓜のような文様が見える。
自然が残っているというか、そのまま放置されたような空間。
境内に入ると、背筋がゾクッとする。
それが心地よいかどうかは、その時次第だろう。
参道入口 | 参道の鳥居 |
参道 |
社殿 | 社殿 |
拝殿扁額 | 本殿 | 境内社 |
都波只知上神社概略
−境内案内板より− |