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出雲大社 旧官幣大社 簸川郡大社町杵築 山陰本線 大社駅より二粁 祭神 大国主大神 例祭 五月一四日〜五月一六日 神紋 二重亀甲劔花菱 本殿 大社造 五〇、七五四坪 境内 四七八〇九坪 摂末社 二三社 宝物 本殿 秋野鹿蒔絵手箱(以上国宝)、緋縅大鎧、銅鉾、勾玉、太刀(光忠作)、後醍醐天皇御綸旨二点、宝治造営遷宮注進記(以上重文) 氏子 四千戸 崇敬者 三百万人 神事と芸能 古伝新嘗祭(一一月二三日)、神在祭(旧一〇月一〇日〜一七日)、真菰神事(六月一日)、身逃神事(八月四日)、爪剥祭(八月一五日) 由緒沿革 大国主大神は緑結びの神、福の神、農耕の神とも云われ、亦の御名は大己貴神、大物主神、幽冥事知食大神、所造天下大神等数多の御神名があり篤い信仰を受けられると共に「国造り」の大業と「国土奉還」のまことによって、天照大神の御神勅で造営せられたのがその始まりある。天日隅宮、出雲大神宮、杵築大社とも云って、我国最古の社殿様式を留めている。祭祀は天照大神第二の御子天穂日命の子孫千家尊祀国造によって連綿としで受け継がれ、その神徳の宣揚と御神教の布教のため出雲大社教を組織して、外海にも教信徒を有する。天平神護元年神封六一戸を充てられ、貞観九年正二位に昇叙し、延喜の制名神大社に列し、江戸時代には社領五千石を有し明治四年官幣大社に、大正の御代には勅祭社に列せられた。(神仕本庁別表神社) −『神社名鑑』− |