南の正門から入ってすぐ左に入ると、南面した八剣宮が鎮座。
八剣宮は、和銅元年(708)の創祀。
西夷降伏の祈願のため、新造の宝剣が奉納された。
摂社の筆頭で、本宮に並ぶ別宮と呼ばれる式内社。
祭神は、本宮と同神。
八剣宮の南に東面した上知我麻神社があり、
熱田神宮境内を出て境内北西に行くと西面して下知我麻神社がある。
上知我麻神社は、宮簀媛命の父・乎止與命を祀り源大夫社とも呼ばれた式内社。
元は市場町に鎮座していたが、都市計画によって、戦後、現在地に遷座。
拝殿前、左右に、事代主社と大国主社がある。
下知我麻神社は、宮簀媛命の母・眞敷刀俾命を祀り紀大夫社とも呼ばれた式内社。
上知我麻神社とともに、大化三年の鎮座。
平家物語によると、日本武尊が尾張を訪れた時、
松后島の源大夫の家であったといい、
神道集では、熱田大明神が天降られた時、
宿を貸したのが記大夫神で、雑事を行ったのが源大夫神。
この源大夫が上知我麻神社の神で、
記大夫(紀大夫)が下知我麻神社の神。
源大夫と紀大夫は、一説には兄弟、一説には夫婦と考えられている。
南の正門前の駐車場から右手に入ると、
日割御子神社があり、その北には孫若御子神社がある。
両社祭神と、境外社である高座結御子神社の祭神をあわせた三神は
熱田大神の御子神を祀る式内名神大社。
現在の日割御子神社・祭神は天忍穗耳尊。
本宮の熱田大神(天照大神)の御子であるが、
一説には火の神、一説には日本武尊の御子神という。
孫若御子神社・祭神は、天忍穗耳尊の子である天火明命。
つまり本宮の熱田大神(天照大神)の孫であるが、
一説には日本武尊の御子神、あるいは孫神、あるいは瓊々杵尊など。
孫若御子神社の北には、
東面した南新宮社と八子社。南面して曽志茂利社がある。
境内摂社である南新宮社は、熱田神宮唯一の朱塗りの社殿である。