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安房神社
あわじんじゃ
栃木県小山市粟宮1615
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式内社 下野國寒川郡 阿房神社 |
栃木県小山市。
JR小山駅の南西3Km、国道4号線から西へ少し入った所にある。
延喜式では、「阿房神社」とある。
明治以降になると安房神社。
地名は粟宮というが、昔は粟宮明神とも書かれている。
天太玉命を祖とする忌部氏は、
徳島阿波から、千葉の安房へ移動したとされているが、
当地へは、川を利用した水上交通により、
千葉の安房から人々が移動してきたと考えられる。
当社の西1Kmには思川が南北に流れている。
思川は、巴波川と合流し、渡良瀬川となって利根川へ流れ込む。
近くには胸形神社があり、そちらは筑紫の宗像あたりの出のようだ。
神紋の「二つ巴」は小山氏の紋章だそうだ。
周囲の神社の神紋も、この紋が多いらしい。
当社の北2Kmには小山氏城跡がある。
国道4号線方向へ向う東の参道と、南へ向う参道があるが、
社殿は南向きなので、南参道が表参道だろう。
参道を進むと木の鳥居があり、小さな橋がある。
階段上が境内で、正面に拝殿。右手に神楽殿。
左手に境内社が一つあり幾つかの神社を合祀している。
合祀されているのは天満宮、琴平神社、大瘰_社、十二所神社、
稲荷神社、日吉神社、愛宕神社、浅間神社。
その他にも、多くの石祠が祀られているが詳細は未確認。
本殿は格子状の覆屋に囲まれている。
境内は立派な社叢に囲まれ、
側を走る国道の喧騒が嘘のように静かだった。
参道の鳥居 | 階段上に境内入口の鳥居 |
境内 |
社殿 | 本殿 |
境内社殿 |
合祀社 | 神楽殿 |
延喜式内 安房神社 由緒
崇神天皇の御代に創建され、仁徳天皇の御代に再建された。天慶二年、
平将門下総猿島に拠って叛するや、俵藤太秀郷(藤原秀郷)が戦勝を
祈願し、御宝前に汁器、供田を寄進して永世守護神と尊敬した。明治十年
郷社に列せられ、大正二年拝殿を改築、昭和二十五年神楽殿新築、昭和三十五年
拝殿銅葺にする。
尚、栃木県に同様の神社は他に十一社ある。 −案内板より− |
【 安房神社 (栃木) 】