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五十鈴川に掛かる宇治橋を渡る。
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宇治橋の外と内とに高さ七・四四メートルの大鳥居が立っているが、内側の鳥居は、内
宮ご正殿の棟持柱が、外側の鳥居は、外宮ご正殿の棟持柱が用いられている。さ
らに二十年たつと、内の鳥居は、鈴鹿峠のふもとの「関の追分」、外の鳥居は、桑名の「七
里の渡」の鳥居となり、合わせて六〇年のおつとめを果たしている。
−『お伊勢まいり』− |
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御手洗場 みたらし 参道の右手、ゆるやかな斜面を下りていくと、石畳を敷き詰めた五 十鈴川岸に出る。この石畳の起源は、元禄五年(一六九二)徳川綱吉将軍の生母、桂昌院 が寄進したものといわれる。 清流の水で口をすすぎ、手を洗えば、神気がおのずから身の内に満ちてくるような清 々しさを覚える。 瀧祭神 たきまつりのかみ 御手洗場から参道にもどるすぐ右手にあ る。石畳の上に石神をおまつりしているのが瀧祭神で、 御垣とご門だけあって社殿はない。延暦二十三年(八 〇四)神祇官に奉った皇大神宮儀式帳にも、この瀧祭 神は御殿がないと書いてあるから、一、〇〇〇年前か ら社殿のない石神として祭られているのである。 五十鈴川の水の神をおまつりしている。皇大神宮の 所管社であるが、別宮に準じて祭典も奉仕されている 特殊な神である。 −『お伊勢まいり』− |
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風日祈宮 かざひのみのみや 皇大神宮別宮、伊弉諾尊の御子神である 級長津彦命、級長戸辺命をおまつりする。この両神 は、外宮の風宮と同じように風の神さまである。風日祈というのは、古くから当宮で七月 一日より八月末日までの二か月間、毎日風雨の災害のないようにお祈りする風日祈の神事 が行われていたことに由来するのである。現在は五月十四日と八月四日の二度、風日祈祭 が皇大神宮、豊受大神宮以下諸宮社で行われている。 −『お伊勢まいり』− |
さらに進み、神楽殿を過ぎると、左手石畳に五丈殿があり、
四至神・御酒殿・由貴御倉が見える。
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四至神 みやのめぐりのかみ 五丈殿のすぐ東に石畳があり、石神をおまつ りしている。外宮にもあったように、大宮の境界をお守り になっている神である。 御酒殿 みさかどの 五丈殿の後方(北)にある切妻造、柿 葺の殿舎で、御酒殿神をおまつりする。古くは、皇大 神宮をはじめ、諸神にお供えする神酒を醸造する所で あった。 現在では、六月、十二月の月次祭、十月の神嘗祭の 由貴の夕朝の大御饌祭にお供えする白酒、黒酒、醴酒、 清酒の四種の神酒をここにお納めする。 六月一日、十月一日、十二月一日の三度、御酒殿祭 がここの御前で行われ、神酒がうるわしく醸造される ようお祈りするとともに、一般酒造業の繁栄を祈念す る。 由貴御倉 ゆきのみくら 御酒殿の東にならんでいる神明造の社殿で、 由貴御倉神をおまつりする。御酒殿神とともに御饌祭 のお供えものや果物を納めておく御倉であった。 由貴とは、清浄なけがれのないという意味である。 −『お伊勢まいり』− |
式内社・荒祭宮に比定されている古社。
皇大神宮六別宮の第一に位置し、天照坐皇大御神の荒御魂を祀る。
よって、荒祭宮の祭祀はすべて正宮に準じて斎行される。
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御稲御倉 みしねのみくら 皇大神宮所管社、この御倉に神 宮神田から収穫した抜穂の御稲が納められ、 由貴のお祭りのとき、御稲を奉下して、大御 饌が調進される。この御稲御倉には、このお 倉の守護神である御稲御倉神がおまつりされている。 ご正宮にくらべると、その規模は小さいが、唯一神明造の特徴をよく拝することができる。 外幣殿 げへいでん 古神宝類がお納めしてある。(外宮の外幣殿は、板垣のうち西北の隅にある。) 荒祭宮 皇大神宮の第一別宮で、大御神の荒御魂をおまつ りする。祈年祭、神嘗祭、新嘗祭の奉幣の儀のとき、 ご正宮につづいて、勅使、大宮司、少宮司以 下神職が当宮に参向して、祭典がとり行われ る。神域で、うぐいすの初音のきかれるのは、 このあたりである。 −『お伊勢まいり』− |
参道をそのまま直進すると、正殿正面へ出る。
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