[HOME] > [神社記憶] > [甲信越地方] > |
|
治田神社
はるたじんじゃ
長野県千曲市大字桑原字宮沖1
|
||
長野県千曲市(旧更埴市)の桑原に鎮座。
篠ノ井線稲荷山駅の南西4Km、しなの鉄道屋代駅の西4Km。
403号線から少し登った場所にある。
周囲は畑で、境内も広場のようにあっさりしている。
鳥居もあっさりしているので、ひょっとすると403号線近くに、
参道入口の鳥居があるのかもしれない。
拝殿の後方には、垣に囲まれて流造の本殿。
社伝によれば、雄略天皇8年(463)。
彦坐命の5世孫・日子王が、当地へ下向し、創建したもの。
当社から北東1Kmの稲荷山に同名の治田神社が鎮座しており、
当社を上の宮、稲荷山の社を下の宮と呼ぶ。
一説には、昔は、現社地裏手の治田山に鎮座していた社が、
麓の上下社に分祀された結果だとも。
武田信玄の川中島侵攻に際し、その威を恐れ、
社号を諏訪明神と改め、江戸時代まで上下諏訪明神と呼ばれており、
当社の現在の祭神は、健御名方命。
諏訪社だったので、神紋は梶紋。
社殿内の幕には、四足の梶紋が付いていた。
境内左手には多くの境内社・石祠がある。
中心の大きな祠は、杵築社。
左右に、高市社・八幡宮・琴平社・津島社・秋葉社・熊田社・稲荷社。
境内 |
境内 | 扁額 |
本殿 | 拝殿 |
境内社 |
【 治田神社 (千曲桑原) 】