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川合神社
かわいじんじゃ
新潟県胎内市熱田坂663
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式内社 越後國沼垂郡 川合神社 |
新潟県胎内市にある。
JR羽後本線・中条駅の東8Kmの熱田坂に鎮座。
中条駅から北上して、胎内川にぶつかり、
その胎内川に沿って、53号線を南東へ遡ると、
宮久近くで、道路の左手に、高木に囲まれた境内。
胎内川と鹿ノ俣川が合流する川岸にあり、
まさに「川合」に相応しい場所。
参拝日は天気が悪かったが、地図を見ながら当社を探し、
ゆっくりと車を走らせていると、木々の隙間から社殿。
境内入口は南東向き。
参道を歩き、赤い鳥居をくぐると、
境内はスポットライトに照らされたような空間。
その中央に社殿がポツンと建っていた。
創祀年代は不詳。
一説によると、役小角が、
天武天皇の御宇、諸国を巡拝。
風倉山(931m)に登拝し、熊野久須毘神を勧請。
桓武天皇の延暦年間、
熊野加夫呂岐命を勧請し、熱田明神を創建して
熊野本宮新宮の神々を配祀したという。
建仁元年(1201)兵火により社殿を焼失した。
当社が川合公に関連する神社であると考え、
姓氏禄に、川合公は多奇波世君の後裔とあることから
祭神の一柱に、多奇波世神が加えられているが反対する意見もあるようだ。
当社の立地から、本来は水神を祀るとする方が自然かもしれない。
『平成祭データ』によると、当社の祭典に
「風倉奥宮祭り」という神事が記されており、
当社の南5Kmの風倉山山頂に当社奥宮がある。
式内社・川合神社の論社の一つ。
同じく越後国の魚沼郡に、同名の式内社・川合神社が存在する。
社殿には三つ巴の紋が付けられていた。
神紋かどうかは不明だが、これしか情報がない。
境内には、幾つかの立石があり、
社殿右後方に集められている。
中には文字が刻まれたものも。
鳥居 |
境内 |
社殿 | 本殿 |
立石群 |