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神部神社
かんべじんじゃ
山梨県北杜市須玉町小尾3805
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山梨県北杜市にある。
須玉町の中心部から北東へ延びる道を10Km近く走る。
塩川ダムを越えてしばらくすると、道路の左手に赤い鳥居。
塩川の渓谷に位置する境内からの見晴らしは最高。
天気が良くて、青い空と赤い鳥居のコントラストも。
創立は文武天皇大宝元年辛丑3年3月15日。
明治までは、蔵王権現、あるいは神門社と名乗っていた。
崇神天皇の御代、神戸があったので、神部というらしい。
日本武尊東征の途上、東小尾で湯治し、当社前を通ったという話だ。
今は、アスファルトの道路が社前を通り、簡単に参拝が可能だが、
昔は、この道を歩いて来たのだ。
そして、渓谷を望むこの地で、この鳥居を見つけ、
何を思ったのだろうか。
しばし、境内で涼みながら、そんなことを考えてみた。
赤い鳥居をくぐると、小さな石橋。
その先に、二本の木による自然の鳥居。
外は暑いほどの晴天だが、境内は全て木陰。
ひんやりとした空気が満ちている、そんな感じだ。
拝殿にある小さな狛犬は、享保十年(1726)に奉納されたもので、
摩耗して、滑らかなフォルム。もう犬には見えないのだが。
拝殿の後ろ、覆いの中に本殿があり、左右に境内社2社。
境内入口の鳥居 | 二本の木と石橋 | 境内から鳥居 |
境内と社殿 |
拝殿の狛犬 | |
覆の中に本殿と、左右に末社 |
祭神名 天手力雄命、誉田別命、広国押武日命、諏訪大神 鎮座地 北巨摩郡須玉町小尾3805 例祭日 5月1日 11月25日 鳥追筒粥式 1月15日 御由緒 当社は旧小尾の総鎮守として延喜式に記載されている。創立は文武天皇大宝元年辛丑三年3月15日、社名は蔵王大権現、神門社と名のったが維新後旧名に復した。日本武尊が東征の折り、東小尾で湯治し当社前を通り猛獣、毒蛇、叛賊を退治して東征に向かった。当社前の御門、神戸は崇神天皇の御代神地として神戸と称された、その後武田は小尾街道を開き当社を信仰し、神像、鏡を奉納した。 徳川家は社領3斗6升を寄進した。 慶長年間より正月15日の前夜参籠し、粟粥を煮て、葦茎を割り中に入れ、粟粥数の多少によってその年の豊凶を占った。 境内社 伊勢社外2社 社殿、建造物 本殿、拝殿、神楽殿、鳥居、石燈籠 宝 物 金色の神像鏡 境内地 626坪 氏子等 200戸 以上 −『平成祭データ』− |
【 神部神社 (北杜市須玉町) 】