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伊射波神社
いざわじんじゃ
三重県鳥羽市安楽島町字加布良古1210
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式内社 志摩國答志郡 粟嶋坐伊射波神社二座 並大 |
加布良古神社ともいう。
鳥羽駅から東の安楽島町にある。
安楽島町の突き当たりにある満留山神社から約1.3Kmの小道を歩く。
車は入れないので、汗まみれになって歩くと、海岸線に出る。
そこに鳥居と石柱があり、そこから参道の階段を上る。
不便極まりなく、まわりに人家もなく、少し不気味な印象。
本当に一宮なんだろうか、と不安になる。
創祀年代は不詳。
通称は「一ノ宮」で、志摩国一宮であるという。
式内社・粟嶋坐伊射波神社二座の中に一座であるという。
古くから志摩大明神、加布良大明神と称し、
『外宮旧神楽歌』に
「島のちくりが浦におはします、
あくし、あかさき、あくし九所のおまへには、
あまたの船こそうかんだれ
艪にはあかさきのりたまふ、舳には大明神のりたまふ、
加布良古の外峰に立てる姫小松、沢立てる松は千古のためし、
加布良古の沖の汐ひかば宮古へなびけ、
我もなびかん加布良古の大明神に」と歌われている。
社殿に花菱の紋がついていたが、神紋かどうかは不明。
『三重県神社誌』にも、神紋不明と書かれている。
参拝を終え、車を置いている満留山神社の辺りまで戻ってくると、
年配の御夫婦に、当社への道を聞かれた。
ここに来る前に参拝した伊雑宮の社務所でお会いした方々。
夫婦で神社巡りをしているのだろう。
道沿いに当社までの案内図があったので、それを示し、
「ちょっと遠いですよ。往復で3Km程歩きます。」と教えると、
行くか戻るか、悩んでいる様子だった。
その後、参拝されたのだろうか。
「近いですよ。」と言っておけば良かったかな。
小山の上にある境内は、静かで、少し怖い。
境内に、「石」に祀られた加夫良古大明神があるということだが、
社殿の左に、祀られた石があった。これか?
(どうやら違うようだ。残念。)
安楽島の満留山神社、ここまで車 |
道標 | 参道を歩く | 境内入口の社号標 |
加布良古崎にある鳥居 | 海に面している |
参道を上る | 参道の鳥居 |
境内 |
社殿 | 本殿 |
社殿 |
本殿屋根 | 境内にあった石、加夫良古大明神か? (違うらしい) |
中川経雅の『大神宮儀式解』(安永四年)に見える。彼は「或人」の説として、
「志摩國粟嶋坐伊射波神社二座ハ、伊雑宮の事ならず、
下に見ゆる(『皇大神宮儀式帳』未入官帳社條の)荒前神社にて、
志摩國安楽嶋訓阿良志摩の崎なる加夫良古明神なり。
延喜式奏上の時、伊雑宮は大神宮宮司注進して大神宮式の中に収め、
安楽嶋なる神社は國司注進して志摩國粟嶋坐伊射波神社とし、神名帳に収むるなり。
今の世まで志摩國一宮といふは加布良古明神なり。」
と引用したうへで、「粟嶋、安楽嶋、語相近く、その地勢も合へば然も有なん歟」とし、
「當社坐す村を安楽嶋といふも、もと荒前村なるべし」と推定してゐる。
−『式内社調査報告』− |