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重浪神社
しきなみじんじゃ
兵庫県豊岡市畑上字宮843
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式内社 但馬國城崎郡 重浪神社 |
兵庫県豊岡市にある。
山陰本線・城崎温泉駅の南東3Kmほどの畑上に鎮座。
9号線(豊岡竹野線)と11号線(香住久美浜線)が
交わる場所から、気比川に沿って南下する。
11号線をもう少し東へ進むと、すぐに京都府だ。
集落の奥の細い道を進むと
川の合流点に境内がある。
北東向きの境内は、周囲の道から少し低い場所にあり
境内の中に四脚鳥居。
鳥居の奥に、割拝殿がある。
割拝殿の奥、正面に覆屋の中に納まった本殿。
本殿の扁額には、「上津大明神」と書かれていた。
社殿の左手には、苔生した大きな御船岩。
印象としては、貴船神社奥宮の御船型石と同じだが、
こちらは小石で覆われたものではなく
横幅6メートルほどの大きな岩の塊。
参拝は、五月の休日。
早朝は大雨だったが、
9時頃から徐々に晴れてきて、
当社に到着した頃には、少し陽も射していた。
祭神は、上津大明神と呼ばれていたからか、
物部韓國連神津主命、
あるいは上津綿津見命とされている。
社伝によると
推古天皇二十五年(617)十二月、
物部韓國連神津主命が城崎郡司となり
その父・物部韓國連墾磨命を墾谷丘の物部の宮に祀った。
天武天皇白鳳三年(675)六月
久々比命が城崎郡司となり
その父・楮主(かみつ)命を敷浪の丘に葬り祠を建てて祀ったとき、
共に祭祀を受け、重浪神社と称したという。
よって重浪は、敷浪(しきなみ)の転訛ということになる。
一説には、往古は湖水滔々として、社近くまで水に浸り、
浪が寄せていた場所と云われ、
境内に御船岩のある由縁とも。
この御船岩は磐境であり
祭神が天降りましし時、ここに船を繋いだという。
よって、この磐を天磐船と考え、
但馬国造の祖である饒速日命を祭神とする説もある。
昔は、当社に接する四面の地を宮内と呼んでいたが
現在の字は、ただ宮という。
境内の右手には、新しい長屋形式の境内社がある。
左から、稲荷神社、山神社、四社惠神社、丹生神社、
祇園神社、宇賀神社、秋葉神社、山野口神社が祀られている。
『兵庫県神社誌』によると、
神社の奥に瀧があり、臂折瀧といい、俗に菊水瀧ともいう。
また、男坪女坪という小瀧があり神の神輿という。
下流に竈石という石があり、祭神が斎き炊かれし所という。
境内 | 割拝殿 |
社殿と御船岩 |
境内、横から | 境内社 |
御船岩と社殿 |
社殿 | 中に本殿 |
御船岩、前から | 御船岩、後から |