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賣布神社
めふじんじゃ
京都府京丹後市網野町木津女布谷217
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京都府京丹後市にある。
北近畿タンゴ鉄道宮津線・木津温泉駅の
東500mほどの網野町木津に鎮座。
境内入口は西向き(やや北寄り)。
「式内賣布神社」と刻まれた社号標と石造の鳥居が立っている。
鳥居をくぐると砂地の境内。
参道の左手に一段高く社殿が並んでいる。
社殿の向きは南東向き。
瓦葺の拝殿の後方に、本殿を納めた覆屋がある。
覆屋のため本殿は見ることは出来なかったが
境内の案内板に、流造の素朴な本殿の写真がある。
参拝は八月の炎天下。
砂地の境内が眩しかったが、
境内左手の木陰が気持ち良かった。
社伝によると、
垂仁天皇九十年春二月朔日、常世国へ渡航した田道間守が
景行天皇元年三月十二日に帰国し、
田神山にて神籬を設けて神典をあげたことを創祀とする。
その後、小字売布谷に移され、
文安四年(1447)八月、現在地に遷座したという。
式内社・賣布神社に比定される古社。
正安二年(1300)、村内に疫病が流行したため
京都祇園社より素盞鳴尊を勧請。
よって、通称を祇園さんというらしい。
主祭神は豊宇賀能咩命だが、
社号から大賣布命とする説もある。
明治六年二月村社に列した。
境内案内板には、本殿の左右に
八幡宮や稲荷神社が祀られているとある。
本殿左手に境内社を納めた覆屋があり、
中に、大きめな祠が二つに、小祠が三つ。
覆屋の扁額は「八幡宮」と読める。
八幡宮には、誉田別命、久々能之命、五十猛命が祀られており
『丹哥府志』には、賣布神社のことを「今、八幡宮と称す」とあり
八幡宮としての信仰も盛んであったと思われる。
境内右手にも境内社を納めた覆屋があり、
小祠が四つ並んでいる。
中の一つに狐が置かれていたので、稲荷神社だろう。
本殿覆屋の屋根に三つ巴紋があったので神紋だと思っていたが
案内板の本殿写真には桐紋や菊紋らしきものも写っている。
ということで、当社の神紋は未確認。
社頭 |
鳥居と社号標 | 社殿 |
境内 |
社殿 | 社殿 |
境内案内板の本殿写真 |
境内社、八幡宮? | 境内社、稲荷社? |
境内社殿 |
−境内案内板− |